出来上がったペインティングを梱包し、京都へ送った。昨日まで窓いっぱいに埋め尽くしていたオセロのドットが急になくなりがらん、としたアトリエの窓。見える景色は以前と変わらぬ隣の家の屋根だ。まるでこの「アトリエがけ」の窓からHRD FINE ARTの窓へと転写させたみたいで、3月から始まる「DEMADO」の風景が楽しみだ。
京都の町屋ではどんな風になるだろう。
終わった。。。「H氏との対話」、HRD FINE ARTのハラダ氏とのオセロ対戦はすべてのマスが埋まり、ゲームセットとなった。1月からひと月半、長いようで短いような戦いだった。この「対話」シリーズでは終わり方に関しては私がいくつかルールを定めていて、①マス目がすべて埋まった時点で終了となる。②どちらかの打つ手がなくなったら終了。③対戦者が「飽きた」ら、終了。のどれかをもって対戦を終え、ゲーム展開に忠実にスタンピングしている私の作品もそこで完成となる。今回は通常のオセロ(64マス)より大きい144マスの画面なので、私とH氏は70回ずつ一手を打ちあうことになる。しかもメール上で交互に一手を公表しながらの対戦とあって、時間も手間もかかるゲームなのだ。facebookのウォールを使った対戦は21日に決着がつき、私のペインティングは昨日完成した。まずは喜びのポーズで。これを京都に運び、DEMADO PROJECTの展示となる。
DEMADO ART PROJECT VOL.3がいよいよ京都にて開催されます。3月1日(火)のオープニングには私もおりますので、どうぞお越しください。(通常はウィンドウギャラリーは外から見ていただく形式となります)
DEMADO ART PROJECT VOL.3栗原亜也子「H氏との対話 / Conversation with "Mr.H"」日時 2011年3月1日―6月1日場所 HRD FINE ART オフィス 京都府京都市上京区上御霊堅町494-1(御霊神社北隣) tel.075-414-3633オープニングパーティー 3月1日(火) 17:30-
大詰め、です。H氏との対戦はあともう少しで勝敗が決まりそう。今までの作品「Mind Games」では、一人二役で淡々とオセロペインティングをしていてゲームとしての勝負欲よりも同じことの繰り返しの面白さ、時間の蓄積を絵の具の厚みに変えていくほうが楽しくなりますが、具体的な相手がいると・・・やっぱり「勝ちたいな~」みたいな気持ちも募ってきますね。人間って不思議。窓際のペインティングのほうはもうすごいことになっていて、アクリル絵の具をスタンプで塗布していくというやり方の魑魅魍魎とした質感が迫ってきます。このときはゲームスコアの勝負欲とはかけ離れて、絵の具との格闘になっていってます。3月1日にはいよいよ京都に運ばれてDEMADO PROJECTの展示となります。私もオープニングには参りますのでどうぞお越しください。
私のアトリエの外側から見た現在のペインティングの様子です。「H氏との対話」ウェブの最新はこちら→スタート時には窓にフレームしかなかったこの作品。H氏との対戦がどんどん進み、だんだん枠の中身が満たされていく。普段は部屋のなかでひたすら絵の具を重ねてペイントしているのだけれども、外から見えている状態はいちばん最初にぺたんとスタンピングした色がずっとそのまま残っているのだ。表と裏(どちらが表なのかもわからないけれど)ではテクスチュアがまったく違っているし、順光と逆光でその見え方も違う。ペインティングが完成してこの作品が京都に運ばれた時、また作品風景は変わるだろう。
H氏とのオセロ・ゲームは後半戦に突入した。頭をつきあわせて盤面に向かい、コマをさしつさされつゲームに興じるのが本来の姿だけれど、私とH氏の場合はインターネット上でお互いの「一手」を差しあっている。でもネットゲームが当たり前の今、バーチャル対戦も一人オセロもコンピューターで普通にやれるので「インターネット使って対戦やってます」と聞いても「何をいまさら」という感じかもしれない。実はこの対戦はネットを利用しながらもコンピューターオセロのソフトなど使わず、超アナログな方法で進めている。まず自分がコマを置いた位置をアルファベットと数字の記号に置き換えてからメールで連絡する。対戦のスコアを互いにその都度書き換える。そしてアトリエにいる私が絵の具を使ってそれぞれの「攻め」をスタンピングによって再現していく。そこには周到にやっているつもりでもコンピューターのような正確さに欠ける時があり、相手のコマの位置を間違えたりひっくり返す箇所が足りなかったりと、実際の「さしつさされつ」状態にありがちなお茶目なミスがたまにある。さらにチャットではなくひと月半にわたって一日数回ずつ「一手」を交換し合うというのんびり対戦。昨日も「あれ、どこに置いたんだっけ?」みたいなことがあり、最初からのチャートを見直したりしてドツボにはまりかけた。(あとでちゃんと持ち直しましたよ)たとえ面倒でもこのもどかしさがなんとなく私には心地よく感じるのである。